みなさんこんにちは。八ヶ岳に住むきこりのbと申します。富士見町の休戸地区に建設されようとしている灰溶融炉施設に関連したことや思いを、わたしなりにきちんと発信していこうと思いこのブログを始めることにしました。この灰溶融炉施設についての概要は、私の別のブログ「火を焚きなさい」のほうに簡単な概略を書いていますので、まずそちらを読んでいただければ幸いです。
さて、わたしがこのブログで皆さんと一緒になって考えてみたいことは、この施設の問題に限ったことではありません。もちろんこの施設建設に関する情報も積極的にインフォメーションしていきたいと思っていますが、それと同時に、どうしてこういった問題が起こってしまうのか、そして、そういう問題を受けて、ぼくらの世代はどういう暮らしを実現していけばいいのか、その背景について考えていきたいと思っているのです。
灰溶融炉に限っていえば問題はごみ問題ということにもなりますが、この問題を掘り下げていくと、ごみ問題だけでは語りえないさまざまな現代社会の仕組みが見えてくることに、私自身驚きました。それは一言で言ってしまえば、私たちが見えている世界と、信じている、思い込んでいる世界と、伝えられていない世界、伝えようとはしない世界のギャップの大きさです。ひとつの問題を掘り下げることによって見えてくるものがあって、そして世の中にはさまざまな問題がありますが、多くの部分で根を同じにしているものではないか?という問いがあります。
もちろん判断の基準は人それぞれだと思います。しかし、ひとつの判断を下すためには、現代社会は複雑怪奇で、表面的なことを受け取って判断することは危険になってきています。ぼくは、この灰溶融炉というこの地域にとって具体的なごみ問題を通して見えてくる、「今の世の中が一体どういう風になっているのか」ということを、皆さんと一緒に考えていければと思っているのです。
富士見町の灰溶融炉問題はこの地域に限った問題かもしれません。しかし、ごみ問題は今後ますます日本中で深刻な問題となって現れてくることは確実でしょうし、ごみ問題をめぐる行政、企業のからくりは、日本中共通することです。またそういったからくりは、ごみ問題に限ったことではなく、ほかの社会問題とも同じような構造をしています。
今の私たちの社会の仕組みが、何を犠牲にして、何を隠すことによって成り立っているのか。そのことを知った上でぼくらはどういった生き方や暮らしを選択していけばいいのか。この灰溶融炉問題を通して見えてくる問題とは、要約すればこのようなことだと思います。
これから週に1回くらいのペースで、この通信を発信していきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。みなさんからのコメントもお待ちしています。また、建設が迫るこの問題を、一人でも多くの人に知ってもらって、疑問や反対の声を行政側に伝えていけたらと思っています。この八ヶ岳の土地の自然を、未来の子どもたちに繋いでいくためにも、そして現代社会の暮らしを考える上で避けて通れない、循環社会をこの八ヶ岳の土地から作っていくためにも、皆さんひとりひとりの声を伝えていきましょう。どうぞよろしくお願いします。